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最新記事【2007年11月24日】

履歴書は、通常、市販もしくはWordなどアプリケーションソフトに添付するひな型を利用する。しかし、具体的な内容自体をデジタルベースで仕上げることは、日本においては、今のところ、一般化していない。飽くまでも手書きが中心なのである。ただ、個人的には、履歴書は、出来る限りそのひな型を含めて、すべてデジタルベースで作成することにしている。ひな型を自作する理由は、常に同種の業界にアプローチするとは限らないため、業種によって特殊の欄を設けるなど業種別に最適な形式を履歴書内に盛り込める利点があるからだ。他方、個人的に具体的な記入内容を手書きにしない消極的理由としては、そもそも手書きにする理由自体、手書きの方が、志望先に対してより強い就職希望の気持ちが読み取れるとか、字は人を表すとばかりに、真面目な取り組み加減が分かるとか、かてて加えて、残念ながら送り返されてきた履歴書を再利用することが手書きの場合には礼儀に反するなどという単なる精神論の領域を出ないと思えるからである。さらに、履歴書をWordなどを使ってその内容をデジタルベースで作成する積極的理由は、履歴書の定義にある。履歴書とは、個人情報を相手先企業等が求める内容に加工した上で形式的な書面に文書化して記載するとともに、手書きを通じて本人認証をより強固にした文書一般をいう。この定義は、これまで履歴書が使われてきた具体例を集約して、個人的に作成した独自の定義だが、大きく外れていることはないだろう。問題は、この定義に基づくと、「手書き」に、本人認証というりっぱな理由が付記される点である。

「手書き」にすれば、単なる印刷文字に対する記名捺印よりも、より本人認証を確実にすることが可能になるというわけである。私文書の偽造がしにくい、と言い換えてもよい。なるほど、この点はもっともらしい理由とみえなくもない。しかしながら、履歴書自体は、法的に契約(ここでは雇用契約)を成立させる意思表示(民法上の「申込」)とはならない上、詐称された履歴書が原則として雇用契約の解除事由とならないことから考えれば、本人認証の必要性及び有効性を履歴書に依拠させる理由はないといえる。というのも、履歴書の内容の真偽自体は、本人を前にして採用面接をすれば明らかとなるし、仮に採用面接で真偽不明ということになるとすれば、それは採用する側に問題があると考えられるからである。このように考えると、履歴書自体はWordなどで作成することには何ら問題はないと思われる。それどころか、Wordなどで作成した独自の履歴書の方がかえって本人認証に資するといえないだろうか。

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履歴書の長所と短所の書き方

履歴書の中で唯一長所、短所欄だけが主観的要素において評価の対象となる部分と思われる。長所だから履歴書だろうとこれは素直に書いて概ね問題はないのだが、しかし、あまり間の抜けたものであってはならない。「バカのつくほどのお人好し」などと書いて長所のつもりでいたら、この履歴書を見たわたしが採用方であれば「バカ」のつくような人間は採らない。

これはむしろ履歴書の中の「短所欄」に記入しておくからこそ、本人はこれを短所の自覚をもってはあくしているのであればなかなか悪くない、かえってこれは長所である、ともなるのである。となると履歴書の長所、短所欄とはとても奥の深さを感じさせるものである。表現次第では長所、短所に書くべきところが逆になったりしかねないし、表現次第では同じ事柄が正負に分かれる。「付和雷同(型)」などとしようものなら、これはどう見ても大きな短所に違いないが、「協調性に富み、和を重視する」と表現すれば長所に聞こえる、ということである。

自分が応募する会社が、はたまた、その中のポジションがいかなる部署であるのか、どのような長所の人間が求められているのか、ということをよく知った上での履歴書でなければならない。その上での対履歴書戦略である。およそ求められているポジションに相応しくない長所、短所を履歴書に書き並べても意味がない。応募の履歴書を見て、こういう長所、短所を持った性格の人物を求めていたんだよ、ピッタリだ、と言われるような長所、短所を捻出して履歴書には書かねばならないが、それができないとなれば、この融通のきかなさはあなたの短所であるかもしれない。


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